戦後80年。


戦争と平和核兵器廃絶論、唯一の被爆国として、記憶を語り継がねば、、


そういった取り組み、企画をこのところ耳に目に、してきました。


 


そして、そういった表層の話ばかりではなく、一歩突っ込んだ話をはじめてもよいのではなかろうかと、思ったりもするのです。


 


この節目に、私はひとつの問いに立ち返らずにはいられません。
なぜ、私たちは真珠湾を攻撃せねばならなかったのか。


この問いは、単なる歴史の検証ではありません。
それは、私たち日本人が、自らの記憶と向き合い、未来に何を手渡すかを問う、「個人と国家」「日本と他国」の問題を考えながらの、精神の問いかけです。


真珠湾攻撃は、世界史の中でも強烈な印象を残す出来事です。
「卑怯な奇襲」「戦争の引き金」──そう語られることも多い。


 


だから、その表層だけで語ることをやめようと、そろそろ私たちが始めてもよいのでは。


 


あの時代、日本はどんな選択肢を持っていたのか。
外交はどこまで機能していたのか。
経済封鎖、資源の枯渇、国民の生活、そして植民地支配の構造。
それらが複雑に絡み合った末に、なぜ「開戦」という決断に至ったのか。


もっともっと情報が必要に感じられます。


 


誰だって、戦争をしてはいけない、したくない、共通の思いでしょう。


「なぜそうせざるを得なかったのか」という問いを、
日本人自身が語らなければ、誰が語ってくれるのでしょうか。


国内で叫ぶのではなく、他国の人と、向き合って、歴史を振り返る機会を作る。。


一筋縄ではいかないでしょう。


 


未だに、「アメリカ軍はひどいことをしたものだ」そんな記事が散見されるのです。


そのレベルの対話に、他国の誰が参加したいと、思うでしょうか?


 


戦争の記憶は、加害と被害の二項対立では語りきれません。
そこには、恐れ、誇り、無力感、そして希望も愛も、、ただ家族を守りたい一心だった人も、、あらゆる思いが混在していたはずです。
その複雑さを、私たちはもっと丁寧に、もっと誠実に、言葉にしていく必要がある。


戦後80年。
この節目に、私は思うんです、


偏ったい一方的なものではない、ありとあらゆる事実の断片を集めたいと、
歴史をもっと知り、掘り下げ、デジタルアーカイブ化していくことがよかろうかと。


 


江戸のメディア王のように、日航ジャンボ機事件のように、


「なぜ真珠湾攻撃は起こったのか」


これはもっともっと調査されるべき事柄だと。



戦争はいけない、平和を願おう、、しかし今現在、なぜそうできなくなっているのか?


「なぜそうなってしまうのか」その理由となるあらゆる事実の断片をアーカイブするために、少しでもできることをしていきたい。