終戦記念日によせて
(8月15日)とお盆(8月13〜16日)が重なることに、
今年はとみに「偶然とは思えない気配」を感じています。
もちろん、歴史的にはこの二つの日付は別々の理由で定められている。
終戦記念日は玉音放送が行われた日であり、お盆は古くから続く先祖供養の時期。
直接の関連はない、それぞれ別個のもの。
それでも、
「亡くなった人を思う日」と
「亡くなった人を迎える日」が
同じ時期に流れ込んでくることに、
どこか特別なメッセージを感じてしまう。
お盆は、家族の魂を迎える大切な国民行事で、飛鳥時代からはじまった伝統行事です。
終戦記念日は、戦争で失われた命を静かに思う時間。
偶然は必然だということばもある。
その二つが重なるように、流れ流れて、できてきていたのかなって。
歴史の流れって、壮大なものなんだなって。
もう、自然の流れでしかない、歴史。
そう「自然」って、結局自然だから、作り物じゃないから。
「占い」やって、強引に、ビシッとその未来の流れをリーディングしようとすること自体への警鐘としても。自戒的に。
もっと、相談者といっしょに流れを作っていこうとする、舞台であって然りなのかな。
できるだけ、流れに任せながら。
自然体で過ごしているときの、心地よさ、あれこそが幸福感ではなかろうかと。
それは一個人が力で、どうにかできるものではない。
ふと感じられる、たまたま手にすること、期せずしてもたらさせるもの。
つつましやかに受け止め、祈るという行為ができないのならば、何も意味がない気がしています。
「8月15日を特別とするこの国」に生まれて、ずっと毎年この日は、重い気持ちに沈んできた。
少しずつ、自分なりに重さを育ててきたみたいで、それはやはり占術の世界に育ててもらったところが大きい。
マドンナの特集ページをつくったら3ページに及んでしまった。
奥に設置するとなかなか読まれないので、まずは1ページ、トップページにしばらく掲載。
自分の中の多面性、多面的な力、それを知り、活用する術としての占術を伝えていきたいです^^
占いアカデミーさんで夏期講座に参加させていただいております。
以上、
終戦記念日とお盆が重なることを、
ふと偶然なの? そんな風に考えてしまうこと。
これ自体は不謹慎な考えではないという、noteのほうでも述べさせていただいた通りで、
今日わたしは、改めて、自然の流れ、ことの成り行きの本質を、
大切にしたいとつづらせていただきました。

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