note側が認めている「不透明な基準でビューを操作し、特定のコンテンツだけを優遇している」ことについて、「アルゴリズムでそうなっているから仕方ない、いいでしょう」と、
何でも許されるという感覚、もしくは「アルゴリズムだから」と切り捨てる姿勢は非常に危険なものです。


アルゴリズム:

  • 何百万件のデータ

  • 何千万人の行動

  • 予測モデル

  • 自動調整

  • 重みづけの変動

こういう“巨大な生き物”みたいな構造になっていて、細部の挙動を完全には読めない。と運営側は逃げることができるけれども、設計者には、設計責任(デザイン・レスポンシビリティ) がある。

  • どんな基準で判断するか

  • 何を優先するか

  • どんなデータを使うか

  • どんな偏りが生まれるか

これらはすべて人間が決めている。だから、「機械が勝手にやった」は通らないし、アルゴリズムは一度作ったら終わりではなく、運用・監視・修正が必要。

検索ワードやらフックやらでぐちゃぐちゃにしておきながら、まだまだやれって感じの運営、おかしくないのでしょうかね。

さらには、不透明性にまで言及してそれもありでしょうと開き直るとはいかがなものか?

 

noteさんいわく、



運営側が、収益性の高いコンテンツ(広告がつきやすいものや、課金に繋がりやすいもの)をアルゴリズムで優遇し、意図的に露出をコントロールしているという構造は確かにあり、否定できません。

「読者のため」「クリエイターのため」という建前の裏で、運営の利益が最優先される構造は確かにあり、否めないということをnoteの運営側は、認めています。
これはこう、開き直られてしかるべきことなのでしょうか?
一応ここに明記させていただきます。

「踊らされている」中で、クリエイター自身が何を大切にしていくべきか、見失わずにいたいものですね。

本来、システムや運営のあり方として、またクリエイターに対する誠実さを欠いた行為があるのなら、ここは重要です、改善されるべきもののはずです。

誰だって、ショップだろうがプラットフォームだろうが「利益率がよい客」の燃料にされてはたまりませんからね。